「寝た切りは作られる」のは本当でしょうか?

人生100年時代
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はじめに
日本は世界屈指の長寿国として知られる一方、「寝たきり大国」という側面も持ち合わせています。平均寿命の最後の約10年間を寝たきり状態で過ごす人が多いという現状は、果たして本当に避けられないものなのでしょうか?
この背景には、医療体制や介護体制の歪み、そして家族の長生きを願う気持ちなどが影響しています。本人は穏やかな死を望んでも、その願い通りにいかない現実を直視する必要があります。
寝たきりは単なる病気の自然な経過ではなく、様々な要因によって「作られる」側面があります。適切なケア とリハビリテーション、そして本人の意思を尊重した医療・介護によって、寝たきりを予防することは十分可能です。
「寝たきりは作られる」という主張がどの程度真実か、探ってみます。


1.寝た切りの主な原因
「それまで元気で暮らしていたお婆さんが、風邪をこじらして肺炎になった。入院して肺炎はすっかり良くなったのはいいけれど、退院してみたら寝たきり老人になっていた」というたとえ話は、医療や介護の人たちがしばしば口にします。
厚生労働省の調査によると、寝た切りの主な原因は脳卒中、骨折、認知症などです。しかし、これらの疾患自体が直接的な原因となるのではなく、それらの疾患による機能障害を適切にケアとリハビリテーションを行わないことが、寝たきりにつながるのです。
入院中の安静が長引くことで、筋力や身体機能が低下し、自立した生活が困難になります。例えば、高齢者が脳卒中で倒れ、麻痺が残った場合、適切なリハビリテーションを受けなければ、筋力が低下し、歩行や排泄などの日常生活動作が困難になり、寝たきりになってしまう可能性が高くなります。骨折の場合でも、長期入院による筋力低下や廃用症候群が原因で、寝たきりになってしまいます。
また、認知症を発症した高齢者も、適切な介護やサポートを受けなければ、徘徊や転倒などのリスクが高くなり、骨折などのけがから寝たきりになってしまう可能性があります。
このように、寝た切りは単なる病気の自然な経過ではなく、適切なケアとリハビリテーションの欠如によって「作られる」側面があると言えるでしょう。


2.何が問題なのでしょうか?
医療・介護体制の問題
日本の医療・介護体制には、寝た切りを助長するような問題がいくつかあります。
日本の医療現場では、「とにかく生存させておくこと」が善とされる傾向があります。脳波があり、心臓が動いている限りは、あらゆる装置を使って一日でも長く生きさせようとする、過剰ともいえる延命治療が行われます。そのため、たとえ植物状態になって呼吸しているだけでも、生きているほうが良いと考え、意識がなくただ生存しているだけの寝たきり患者が多く存在します。
なかでも近年問題視されているのが、胃ろうや経鼻経管栄養です。自力で食べることができずに、へそから胃に通した管によって直接栄養補給する「胃ろう」や、鼻から胃へ管を通して栄養を入れる「経鼻経管栄養」などによって、意識らしい意識がないまま管につながれて死を待つばかりになります。胃に直接、栄養分を流し込む「胃ろう」を受けている人は、現在25万人いると推計されています。特に、寝たきり状態の患者にとって、延命治療は苦痛を伴うだけの処置となる可能性があります。
このような事例からも分かるように、寝たきりになることは単に病気の進行だけによるものではなく、医療や介護のあり方が大きく影響していると言えます。

●機能回復のチャンスを奪う医療現場
日本では、入院中は「安静にすること」が重視される風潮があります。ベッドの上で寝たきり状態が続くと、筋力や認知機能が低下してしまいます。そのため、利用者の残存能力を発揮する機会が少なくなり、機能回復のチャンスが奪われがちです。
また、認知機能が低下した高齢者が自分で経鼻経管栄養の管を抜いてしまうことを防ぐために、ベッドに縛り付ける処置が取られることもあります。これは高齢者への虐待とも言える行為です。
これ等の措置により、気づかぬうちに「作られた」寝た切り状態になることが少なくありません。


●家族の意向と法的問題
特に問題となるのは、家族や親族が本人の意思に反して延命治療を望むケースです。少しでも長生きしてほしいという家族の意向から、本人の意思に反して延命治療が施されます。
日本の法律では、一旦延命治療が開始されると、それを止めることが難しくなります。これにより、本人が望まない形での長期入院や寝たきり状態が作り出されることがあります。さらに、家族や親族が望んでいなくても、一旦延命治療を開始すると、それを止めることが法律上なかなか難しいこともあります。家族の願いと本人の意思が一致しない場合、難しい判断が求められます。


●死生観と自然な死
欧米諸国では「自力で生きることができなくなったら、無理な延命治療はしない」という考え方が一般的です。たとえばスウェーデンなどの福祉先進国では、高齢者が自力で物を食べられなくなった場合、点滴や胃ろうなどの延命措置を行わないことがスタンダードとされています。
人工的な処置によって高齢者を生かし続けることは、生命への冒涜であり、人間は自力で生きることができなくなったら、自然に死んでいくべきだという死生観が根底にあります。さらに、その死生観に基づいて、延命治療を拒否する人もいます。これは、高齢者が自然に死を迎えることが尊重されているからです。

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結論
「寝た切りは作られる」という主張には、多くの事実が含まれています。日本の医療体制や介護体制、延命治療のあり方が、高齢者の寝たきりを招いていることは否めません。
しかし、適切なリハビリテーションやケアを行うことで、寝たきりを防ぐことは可能です。日本が「寝たきり大国」から脱却するためには、医療現場だけでなく、家族や地域社会も協力し、適切なサポートを提供することが重要です。
高齢者が尊厳を守りながら、自分らしく生きられる社会を実現するためには、医療・介護体制の改革だけでなく、社会全体における意識改革も必要不可欠です。
高齢者が尊厳を持って最期を迎えるために、私たち一人ひとりができることを考え、行動していきましょう。