名優は、’背中で演技する’と言われる。
歌舞伎の「敦盛」で、身代わりとした息子・小次郎の首を前に、父の熊谷直実が背中で悲しさを見せながら、口頭では手柄として報告する場面の団十郎や幸四郎の演技には、素人目にも揺れている気持ちがよく理解できる。
ある俳優のエッセーに、演技は「背中で演じるのが一番難しいといわれる。舞台上では本当に何の小細工もできないから、背中には役者自身の存在感が問われからである」と書かれていた。
中国の映画監督・張芸謀は、高倉健の演技や人となりについて「感情を内に秘めながらも、奥深い味わいのある演技。背中で表現できる人だ」と語っている。
高倉健は、いつも無口で不器用な昭和の純朴な男の役を演じており、これが演技が下手だと言われる所以である。
その高倉健は自身の演技について「心の中に本物の感情をよぎらせる」と言っている。
国際俳優の渡辺謙は
「舞台は今のお客さんに見せるものですから、ラーメンと同じで、季節や環境に合わせて、ちょっとずつでも味を変えていかないとおいしいものはできない。実際に台詞や演出を変えるということではなく、世の中の気分を背中で受け止めることが大事だと思います」と、演技論を述べている。
親の背を見て子は育つということわざもあるが、背中は言葉以上に何かを伝える力を持っているようだ。