‘豊’という字は、山盛りにした穀物を盛っている、器の状態を表している。
食べるものが沢山あるとか、一杯あるというイメージである。
文字が作られたころは、農業が主体の経済構造だった。
そのころは、充分な作物もなく、しかも天候に大きく左右され、食べ物が無い時期さえ有った。
’食えるもの’が十分あり、腹いっぱい食えるとなると、幸せだったと思う。
要するに‘腹一杯食える’ということが、豊かさの象徴だったためだろう。
こういう環境の中で、‘豊’という字が生まれている。
モノ余りと言われる現代、腹いっぱい食べていると、肥満だとか生活習慣病とかが出て、困ることになる。
ということは、腹八分目がちょうどよいということだ。
つまり、ほどほどに食べると、豊かさもほどほどに味わえるということになる。
何事もほどほどが好いと言われるが、長生きしようとすれば、食べることもほどほどにしなければなるまい。
しかし、目の前に好物が並び美味い酒があるとなると、ついついブレーキが利かなくなり、ほどほどとはいかない。
それでも、あとのことを考えて我慢する。
目先の腹一杯の幸せと、その後の健康への不安に伴う後悔を較べれば、少しの我慢が幸せを長続きさせることになる。