アンデルセンは、『みにくいアヒルの子』の中で、「自分が白鳥の卵からかえったのであるならば、農家の庭の隅っこのアヒルの巣で生まれようが生まれまいが、ものの数ではなかった」と書いている。
つまり、‘育ち’より‘氏’の方が大事ということだ。
貧しい家庭に生まれたアンデルセンの、上流階級に対する憧れの気持ちが込められた作品である。
「醜いあひるの仔の定理」がある。
ハワイ大学の渡辺慧名誉教授が名付けた定理である。
内容は「すべてのものは分析を細分化していくと、同じ度合の類似性をもっている」ということだ。
この定理によるとあひるの子と白鳥の子の違いを細かく分析していくと、その構成する要素の数は同じで、類似性は同じとなる。
すなわち、白鳥の仔とあひるの仔とは区別できないことになる。
何故そうなるかというと、分類の要素をすべて同等に扱っているからなのだ。
しかし、我々はアヒルの子と白鳥の子を、明確に分類できる。
それは、判断の要素として、羽の色とか首の長さなどを重点的に抽出しているからである。
つまり、「何が重要であり、何が重要でないか」ということを決定し、重要な要素を抽出することで‘分類’出来ている。
‘分類’するということは、自分が何を重要視しているという世界観を示している。
人は何かを判断するうえで、常に何らかのバイアスに囚われている。
その偏りが‘意見’となっている。