不利だって俺の美学だ意地通す

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人生の豊かさの一つは、自分の美学を持てるかどうかだろう。

言い換えれば、自分の価値観を明確に持てているかどうかにある。

価値観とは、私はこう在りたいというものだ。

私は、価値観の基本に’武士道’があると思う。

と言っても、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という『葉隠』の武士道ではなく、新渡戸稲造の『武士道』である。

新渡戸稲造は『武士道』の中で、武士道の最も厳しい教えが「義」であると言う。

「義」とは正義であり、道理にかなったこと、人間の行なうべき筋道である。

武士道では、何が義かを判断する実際的な基準があったようだ。

それは、自分に不利益な方を選ぶことである。

武士は、自分の利益にならない方に義がある、というわかりやすい基準で判断した。

したがって、義と利が競合するときは、迷わず利を捨てて義をとるのが武士道であった。

また、武士道は品格を重んじた。

品格とは内面の精神性とともに、行動の美しさが伴うべきものである。

行動の美しさを凝縮したものとして、礼と作法がある。

したがって、礼と作法を身に着けた武士に、本当の品格が備わるものとされていた。

武士道は、他者から見ればある種の狂気に見え、喜劇的かもしれないが、純粋に生きることでもある。

自分の価値観の基本に、このような「美学」を持っておけば、少しは満足な人生を送れるのではないかと思っている。

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