日本で初めて、ユネスコ記憶遺産(世界の記憶)の登録を受けた 山本作兵衛は、福岡県出身の炭鉱労働者、炭鉱記録画家である。
筑豊各地で働きながら、日記や手帳に炭鉱の記録を残し、60代半ばから「子や孫に炭鉱(ヤマ)の生活や人情を残したい」と絵筆を取るようになった。
自らの経験や伝聞を基に、明治末期から戦後にいたる炭鉱の様子を墨や水彩で描き、余白に説明を書き加える手法で残した1000点以上の作品「山本作兵衛炭坑記録画・記録文書」が,一人の炭鉱労働者が作成した筑豊炭田の生活や風俗を伝える希少な記録としてユネスコに登録されたのである。
ユネスコの「世界記憶遺産」は、これまでにフランスの手書き版「人権宣言」や「アンネの日記」などが登録されている。
その中に、日本でもそれまでほとんど知られていなかった作兵衛の作品が加えられたことは、誇りに思える。
絵は全くの独学だが、炭鉱産業に支えられた日本の近代文化に対する、批評的な視座を持っていたと評されている。
作兵衛は「うそを一寸でも描くことが嫌い」だった。
しかし「私の絵には一つだけうそがあります。
坑内は真っ暗でこんなにはっきり色は見えやしません」と言っている。
真実を伝えたいという強い思いから、あえて彩色にこだわり、炭鉱のイメージをストレートに伝えたかったのだ。
真実の記録は、世界の人々に新たな記憶を創りだしている。