金は無いが夢を語れる暇は有る

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‘貧乏暇なし’ということわざがある。しかし、貧乏でも暇がないということは、貧乏を脱する機会が有るということだ。最もいけないのは貧乏暇ありで、これは貧乏を脱する方法がない。世の中で一番みじめなのは’貧乏暇だらけ’である。することも無いということである。せめて、貧乏でも暇がないくらい用があれば、立ち直る機会が訪れる可能性があるということだ。

「稼ぐに追いつく貧乏なし」ということわざもある。これは常に精を出して働けば、貧乏に苦しむことはないということであり、やはり暇がないほど働けば、貧乏にならないと言っている。

もし、いくら働いても貧乏から脱せないということだったら、ちょっと原因を考えてみる必要があるのかもしれない。もしかしたら、とても安い賃金で働いているのかもしれない。効率の悪い働き方をしているので、それなりの成果が反映されないのかもしれない。稼げない仕事をしているのかもしれない。こういったことで、自分の働き方を反省することが見つかるかもしれない。

働こうにも働く機会がない年金暮らしの場合、せめて果たせなかった夢でも追いかければ、暇はなくなる。そのうち、何か運が向いてくるかもしれない。

石川啄木のように「働けど働けど猶わが生活(暮らし)楽にならざりぢっと手を見る」なんて嘆いているだけでは、限られた人生がもったいない。

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