「ごめんね」という言葉は不思議だ。
‘ご免’というのは、‘許可’を意味する‘免’に、尊敬を表す接頭語‘御(ご)’が付いている。
正式に許可や認可することや、その決定を下す者を敬っていう語である。
「天下御免」などというときの‘御免’だ。
「御免」の下に命令形が付いて、軽いことわりや、詫びの意を表す「ごめんあれ」「ごめんくだされ」「ごめんなされ」「ごめんなさい」などの形が生じた。
意味合いとして‘許してください’ということになる。
「御免」を命令形にして、‘許せよ’とばかりに謝罪のことばとするのだから、考えようによってはかなり不遜な表現だ。
近世中期頃には、この表現が定着し、省略形としての「ごめん」も用いられるようになっていく。
福山雅治のmilk teaという曲に、「“ごめんね” どうして素直に言えないんだろう」 という歌詞がある。
それだけ、‘ごめんね’という言葉は簡単には口に出しにくい言葉なのだろう。
何かにつけて‘ごめん’が口癖になっている人もいる。
謝罪の意味は少なく、どちらかというと、依頼する心理状態などが窺われる。
‘ごめん’が口癖になっている人は、性格的に、優しい、弱い一面をもっているようだ。
気弱に話しかける心理状態である。
社会の様々な関係性の中で、‘ごめん’を口癖にしている人には、気弱さや自信のなさが透けて見える。
‘ごめん’と言うのは難しい。