ファインダーで覗くと、まるで異次元のような世界が見えてくる。
接写レンズを付けて撮った写真は、小さな雑草の可憐な花が、クローズアップされる。
恐竜のような、昆虫の姿も見られる。
社会の片隅を切り取った写真は、見慣れた普段の景色がまるで違った世界のように見せる。
芸術の世界では「異化」という用語が使われる。
‘異化’とは、見慣れたものを“見慣れぬ姿”に変える力である。
例えば風景を、それが馴染み溶け込んでいる世界から切り取り、そこだけの世界を真正面から直視する。
そのとき、その風景のもつ本当の姿が見つけだせる。
日常の何気ない情景や場面も、日常から切り離すことで、その情景や場面のもつ真の意味が見えてくる。
つまり、見ているけれど意識されることのなかった‘視覚的無意識’を意識化させることができるのだ。
写真や映画による、情景・場面の切り取りは、異化によって、その情景・場面の、慣れっこになっていることで見えなくなっていた意味に気づかせる。
私たちが単なる‘知識’として持っている、日常生活の中の慣習や決まりごとに縛られて鈍った感覚が、現実の生々しい‘手ざわり’の世界に変えられてしまう。
ありふれた日常も、見方を変えれば非日常になる。
世界をどう切り取るかによって、世界の見え方も違ってくるものだ。
世界の切り取り方は、我々自身に生き方にもかかっている。